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如斯亭
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如斯亭(じょしてい)は、秋田市旭川にある佐竹藩主の別荘であるが、現存していることを、どれだけの市民が知っているでしょうか。如斯亭は元禄時代(1688年〜1703年)に三代藩主佐竹義処から土地を拝領した藩士、大嶋氏が下屋敷を造り、寛保元年(1741年)に五代藩主義峯に献上され手が加えられ、九代藩主義和に如斯亭と名付けられたもので、東北には他に二つと見られない遠州流の回遊式名園と言われています。
昭和二十七年に秋田県史跡第1号に指定されたが、維持管理に行政から補助金が出ているわけではないのです。所有者は市民共有の財産であるとの一貫した思いから、市民がいつでも見られるようにと毎年費用を個人で捻出してこれまでの管理をしてきました。しかし、金銭的にも、肉体的にも個人の力を超えているので、7,8年前から秋田市に無料で寄贈したい旨を働きかけてきましたが断られ、現在に至っています。
如斯亭は藩主の鷹狩りや遠出の休憩所として使用され、搦田御休所(からみでんおやすみどころ)と言われていました。「秋田市史美術・工芸編」によれば「御休所は藩内各所にあり、市内にもこの他、手形赤沼、八橋、湊、四ツ小屋、箱崎(川尻)、御所野などにありました。藩主の休泊施設は全国諸藩にあったが、現存するものは主として参勤交代路に面したいわゆる本陣であり、如斯亭に類する御休所の残存例は少ない」とのことです。また、庭にある二つの巨石は紀州徳川家から贈られ、いかだの下に括り付けられ、万里の波濤を越え、運ばれてきたものであり、池中の雪見灯篭は備中岡山の産であります。
この庭園の特色は、どこにたたずんでも完成された風景を眺められることです。春はつつじ、夏は樹陰の涼風、秋は紅葉、冬は池泉の雪景色などゆたかな趣きが楽しめます。
人は歴史の前に敬虔でなければなりません。そして、歴史的遺産は残さなければなりません。
歴史は人の思いを越え峻厳(極めてきびしい)な事実を伝え、人はそこから多くの知恵を学ぶからです。
バブル崩壊後、どこを切っても全国同じ金太郎飴の街づくりに対する反省から、秋田らしい街づくりが叫ばれてきたのではなかったのでしょうか。文化遺産を軽んじて秋田らしい街づくりが果たしてできるのでしょうか。
NPO法人あきたパートナーシップ理事長 丸の内くるみ
週間アキタ 秋田論壇 平成15年9月26日(金)
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緑に囲まれたたたずまい。如斯亭の後ろに見えるけやきの木は樹齢500年です。 |
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備中岡山から運ばれた 雪見灯篭から如斯亭の建物をのぞむ。茅ぶき屋 根をトタン屋根が覆って います。 |
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如斯亭から雪見灯篭をのぞむ。池の中の大きな石と、池の向こう、左側の細長い石は、紀州徳川家から贈られたものです。 |
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庭の奥まったところに、ひっそりと建つ4層の石灯籠。 |
如斯亭の四季へ
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